水園

短歌

果樹園(2021秋-2022春)

果樹園

 

ぶどう棚 透きとおる血を滴らせ共犯したい鉤爪があり


罪名にあこがれる子らへの柘榴この赤は切り裂いてよい赤


堂々とひらかれてゆく檸檬まだ怖くない、怖くない、青褪め


愛されてきたよ確かに、蜜のない林檎のように 暴けば冬だ


椿桃つんざくような酸っぱさが精いっぱいの武力であった


でもすでに疵ついているぬかるみの花梨とどめを求める仕草


量刑をおこなう指もまた流罪 ぶどう棚から主穂のみ落ち

バナナ型神話

 

これきりと告げれば手から零れゆく塵さっきまで種子だったもの


帳尻の合わぬ未来をおおいつつ分岐路に伸ぶ実芭蕉の青


どうしても選んでしまう その先の骸を見えぬふりして園へ


幸福とするほかなきよ緩慢に朽ちるまなこを起源神話も

ラクリュール

 

我が王へ鳥類図鑑差し出していっときの木洩れ日となりたし


楽隊もタルトタタンも消え去った午後ひたひたとふくらむ念慮


炉は砦 手紙さえ燃やしたことのない火であなたはあなたを護る


触れ文が沈んだ井戸に冠のかつて編まれて捨てられたこと


目的をまず告げよ、とは玉座から蝋人形の斃れるごとく


崖下を覗きすごせば鳩が来る期待などこれっぽっちもと鳴く


木立から飛び出しかつて肖像の罅より脆い笑みを刻めり

黄金

 

都市生活者としての汗を見なかった新幹線とあなたとひかり


畦道の彼岸花の葉をちぎり少女は魔女になる何回も


一報のいかずち降れば廊下から夕闇の来て盲いたような


なにひとつ信じたくない日が飽和して軋む森 永遠の森


くも膜の由来を知らぬ皆々の蜘蛛の巣のよう危篤のひとは


あなたそのものでもあるが焚べるため咲かせた百合の晴れ舞台とも


棺へと降る真昼の火 その火より烈しい海をもう知っている


大時化のからだを日々へ持ち込んで森だけにその裸身をみせた


生者こそ死者を置いてゆく海だからあなたを乗せた馬が溺れる


そこにしかない感情を継ぎ足して帰路へと戻るための水田


きっといた あの胸像の錆びる前おなじ五月の銀杏並木に


熊 首都の陽がおまえから奪わずにいたラベンダー畑のにおい


情動がまぶたをゆする夢の果て黄金色の背を濡らしてしまう


ありったけ残せるように大脳皮質なる地へ到る水先の馬


間違ったこと言うこともあったと言える亥年の兄と鮨屋の明かり


覚えたての名前の花に水を遣る すべからく死ぬことのきらめく


筆跡を辿ったのちにあたたかい雪降る橋の中心で逢う

船出

 

水際の枝のあわいをくぐり抜け球果のしとど旅立つさかり


冒険は都度避けてきたフィヨルドを去る鳥の羽根拾い集めず


不変とはとめどないこと 一対の記憶の栞として子守唄


インク壺傾いで映る極光オーロラに故郷を問えば風というから


枕木の途切れる岸辺その先にほのかに光る抱擁がある


軋む窓 だれのためでもなく征けと楓木立に伸ぶ白樺は


水面へとつづく並木の踊る葉に倣い心をおどらせてみる


別室の花瓶にエリカ挿しこめてもうじき終える真面目な話


声、あるいは予感を束ね〈今〉という時間の波に帆を張ってゆく


魂を解きほぐすたびてのひらは華やげる氷晶のごとくに


なつかしい視界不良と謂うだろう海霧のなか鳥に手を振る

春雨

 

薄情をなじられている春の雨後いつでも花は黙って死ぬも


薄氷を踏む足取りは雄弁にふたりの居場所を示し日没


怒られたときの感覚 はなびらが首筋をかすめて立ちすくむ


人肌と呼ばわるときの口々の博覧会を流し見る夜半


同調をし損ねている窓際で副菜ばかり好んで食べる


説明をしなくてもいいドクダミは日陰のマジョリティとしてある


ひさかたの先人・友人・内面に告げるべく買う黒の指輪を


泣きながら話し出しても歯磨きを続けてくれることも優しさ


海沿いに心はあって見たこともないのに海に降る春の雨

 

魔界三十九首

 

願望の終わらない皮むきが職員室の前を六回歩く


好き勝手やること以外知らなくて教室で吐く息の虹色


じゃれあいは薄雲るたび加速して硝子扉が試されている


夜明けとは時に猛毒 居眠りを守る手段がまだ無いように


歌詞をまた間違えて新学期から背筋のゆるめ方におののく


解説をしてくれるやさしいひとは火事に吹くべき曲を知ってる


ねぐらへと蛇行していくあの敵は溺れ死ぬって先生ほんと?


底抜けに明るいレストラン むかし滅びた島の再現として


街灯がいっせいに潜んだあとにきみの買って出る逐次通訳


青い血を洗う 荒野にいくつかの遊ぶこどもを拾って帰る


ただ生きていけたらいいの淑やかに話す少女の口もとの牙


三歳の小悪魔の降らせたグミがこの年で最初の雪だった


ぎたぎたに食う氷菓子 そのほうがおいしいよって母の受け売り


へだてなく扱えるよう弱光の硬貨はだれが考えたのか


眼には視えない蔦を這わせて読み聞かすまごころといううつくしい欲


縫い針が刺さりっぱなし うさちゃんはどこか遠くの塔を見ている


腕力をねじ伏せている賢さの横顔の線つなげば暗器


朝起きて挨拶のつづきに放つ木こりのしっぽ掴んだ夢を


ふところの斑模様の卵から流木のぶつかる音のすぐ


湖にそれぞれの紋散らしつつ待つ友のいて漲るラッパ


真夜中の青魚この手を逃げて代わりに蛇の喉が光った


心ゆくまで過ごさない理由のなくて蝙蝠色の海岸線に


花嵐 次はあなたを芯としてみんなが花になる城である


老朽化しない絹布を生命には与えられずにいつか死ぬぼくら


本当かどうかは開いたてのひらが月になるまで確かめてみて


月光の下ドラゴンは額縁になる肋骨に花を咲かせて


いちじくの断面に似てこの世にはおいしい無垢がたくさんあるね


いつまでも探検できる地図としてあなたのくれた椅子磨き抜く


王冠のごとき名を借り受けてもう夢見心地のピアノの一夜


苔むした懐中時計に傅いて正気のままで千年生きる


栄養を蓄えてきた炎へと最後の仕上げにくべる心臓


箱庭の朝ごと夜ごとむらさきの実が胃を通り幸せを得る


片頭痛残したままに愚かさが育っていって未だ飽きない


短剣をきみの永久凍土へと突き立てていく歌声である


感情を紐解くほどに夢想した愛するきみの焦げたにおいを


ツリーハウスを見分けられたら冬眠の特等席に連れてったげる


さみしさの残り香は桃だと思うって遅刻するさなかに言うな


むきだしの夜空だというのにだれも 痺れるような花嵐だよ


なまくらの羽を起こして永久に一度の即位速報を出す